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遠い異国でトラブルに 救ってくれた人は何度も言った。「怒っていい。それはあなたの権利だから」

【連載コラム】何気ない日々の向こうに――第12回 朝日新聞編集委員 高橋純子さん


推定4人の読者のみなさま、いまさらですがいちおう、明けましておめでとうございます。大変な年明けとなってしまいましたが、だからこそ、いま自分になにができるか、なにをなすべきかをしっかりと考えていきたいと思います。

さて、私は先月、早めの冬休みを取って北欧を旅してきました。フィンランド、エストニア、スウェーデン。50歳を過ぎてからの旅は、若いころの旅とはまた趣が違いますね。疲れたらすぐ休むし、興味をそそられない観光地は躊躇なくパスするし、ブランド品より土地の民芸品にそそられるし、なにより、「もう二度とここに来ることはないんだろうな」と、旅をしみじみいつくしみ、かみしめる。そんな感じがありました。

この時期、空が晴れることはほとんどなく、午後3時には日が暮れてしまいます。たぶんもう夜の11時くらいだよね、と思って時計を見ると、まだ宵の口。これには毎度驚かされました。

フィンランドでもエストニアでもちょうどクリスマスマーケットが始まっていて、広場では、昼光色の電球で飾られた大きなシンボルツリーを囲むように、食べ物屋さんや雑貨屋さんがお店を出し、小さなメリーゴーランドも回っています。日本の、商業主義全開バリバリのクリスマスマーケットとは違い、しっとりと、静かなのが印象的でした。おそらくそれは「伝統」のなせるわざなのでしょう。氷点下10度前後という極寒のなか、「グロギ」というスパイシーなホットワイン(ノンアルコールもあり)で体を温めながら、家族と、友達と、恋人と、白い息を互いの顔に吹き掛けつつ楽しげに語らう様子を眺めているだけで、こちらも幸せな気持ちになります。「あたたかい」ということが、これほど幸福感をもたらすものだということを、九州で生まれ育った私はこの旅を通じて初めて知ったのでした。だからこそ、逆に、ウクライナの人々のことを思わずにはいられませんでした。

それにしても、空前の円安は文字どおり骨身にこたえました。スーパーで500㎖のペットボトルを買ったら400円、バーでビール1杯飲んだら1600円、ハンバーガーショップでポテトとドリンクのセットを頼んだら2000円……そんな感じです。日本の観光名所では「オーバーツーリズム」(観光客が激増し、地元の人の日常生活に支障が出ること)が問題になっていますが、海外から大勢の人が押し寄せる理由がよくわかりました。日本は安い。なにもかもが驚くほど安い。その理由を突き詰めると、「人」が安い(安く使われている)ということになるのでしょう。

帰国して飲食店に入った時、気楽な値段のメニュー、清潔な店舗、ホスピタリティーあふれる店員さんの対応に心が安らぎました。ただ一方で、「お値段以上」の労働、「やりがい搾取」的な無償労働が当たり前になってしまっているのではないか?ということを考えずにはいられませんでした。

なーんて、つい格好つけてしまいましたが、かつて円が強かった時代、アジアのリゾート地に繰り出し、「安ぅ~い!」と夢グループの専属歌手よろしく歓喜の声をあげ、あれもこれもと買っていた下品な私……。誰に対してかはわからないけど謝りたい。謝ります。ごめん。そして、うって変わっていま日本が「安ぅ~い」国になっているという事実には、一抹の、いや、かなりの寂しさを覚えます。

                  

さて、この旅一番の思い出は、実は、フィンランドであるトラブルに見舞われたことです。言葉もロクに通じぬ遠い異国の地で、ただただ途方に暮れる私。「絶望」をかたちにしたら、あの日あの時の私になったと思います。

ですが、やはり人生は面白い。そんな私に、知人の知人である現地在住の女性が手を差し伸べてくれました。見ず知らずの私のために怒り、悲しみ、親身に対応策を考えてくれつつ、彼女は何度も言いました。「怒っていい。それはあなたの権利だから」。権利!!!!!頭ではもちろんわかっています。怒ることは大事だという趣旨の記事も多く書いてきました。しかし、いざ自分のこととなるとまったく怒れない私。人権よりも「人に迷惑をかけてはいけない」が上位におかれる日本で育まれた己の「弱さ」を思い知りました。堂々と自らの権利を主張し、議論を経て、一致点を見いだす。これは面倒だけれど、よりよい社会、よりよい世界を築いていくためにはとても大事なプロセスなんだ。そんな思いを、寒風吹きすさぶなかであらたにしました。

そして、すべてが片付いたあと、彼女にたずねてみました。

〈本当にありがとうございました。通りすがりの他人のために怒ったり悲しんでくれたりする人がいるというだけでとても慰められました。ところで、こんな風に私を支えてくれたあなたは、何に支えられているんですか?〉

返ってきた答えは――「政府」でした。
 

税金が高いぶん、手厚い福祉で知られるフィンランド。日本と一概に比べられないことはわかっていますが、それでも「政府に支えられている」と真顔で語る人を目の当たりにした時の衝撃は、今も忘れられません。驚きのあまり、とっさに「ウソでしょ……」とつぶやいてしまったほどです。

日本で暮らしていて、「政府に支えられている」と実感したことがある人はいったいどのくらいいるでしょう? むしろ、政府に「いじめられている」と思ったことのある人の方が多いのでは? 東日本大震災からもうすぐ13年、災害大国であることはわかりきっているのに「備え」はいつまでたっても不十分で、避難所といえば体育館、寒さに震えながらの雑魚寝がいまも基本形です。ひとびとが物価高にあえいでいても、強調されるのは自助。一方で政治家は、パーティー収入をせっせと裏金化し、手厚い公助に浴してぬくぬくしている。♪いい湯だな アベハン ってなもんです。

この国の政治は、どうやら根腐れを起こしている。このままでいいはずがありません。「怒っていい。それはあなたの権利だから」。自分の1票を託せる政治家を吟味して選ぶ。だめなら取り替える。一番の「生活防衛」は、よりよい政治家を選ぶことです。というわけで、今年もどうぞよろしくお願い致します。


(※冒頭の「推定4人の読者の皆様」は、敬愛するエッセイスト、故・高山真さんへのオマージュです)

撮影 魚本勝之

たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
 

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