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シン・職人仕事の人間力 16組の師匠と弟子の織りなす世界

『師弟百景“技”をつないでいく職人という生き方』に思う フリーライター/井上理津子さん


フリーライターの井上理津子さんが職人仕事の現場を取材執筆した『師弟百景』(辰巳出版)の刊行は2023年3月です。もはや旧聞と興ざめの向きもあるでしょうが、どっこい、その内容は古びるどころか新鮮そのもの。決して色あせることはなく、読み返すたびに新たな発見がある一冊です。ちなみに当方は3回読み返しました。

さて、この本に登場するのは庭師に釜師、仏師、染織家、左官、刀匠、江戸切子職人、文化財修理装潢(そうこう)師、江戸小紋染職人、宮大工、江戸木版画彫師、洋傘職人に英国靴職人、硯(すずり)職人、宮絵師、茅葺き職人の師匠と弟子たち16組です。職人の世界といえば、わが子にだけ秘伝の技術や技を伝承する「一子相伝」や血縁で職能を継承する「一家相伝」が少なくないとされています。あるいは、かつて芸人がそうであったように師匠の家の門を叩き、許しをえたなら弟子入りがかない、その後は師匠の家で修業を重ね、その腕前を「免許皆伝」と認められれば独り立ちできる世界と聞いています。独り立ちするまでの生活は師匠の世話になるのがならいで賃金は原則無し。1日当たりの就労時間も決まっていないことも多いようです。

さらに仕事は「師匠の背中を見て学べ」「理屈ではなく、身をもって覚えるべし」が当たり前とされ、懇切丁寧な言葉による指導は望めず、マニュアル(手引き書)などあろうはずもないとか。こうした慣習が大なり小なり現在も続いているようですが、『師弟百景』の著者の井上さんは「一子相伝」も血縁関係でもないなかで、師匠から技能を懸命に学ぼうとする若き「修行者」たちの姿をあえて追いかけてみたかったといいます。いわば「シン・職人仕事」の探求です。


 

 
この本には16分野の職人師弟が登場します。その技能の見事さと奥深さを井上さんはわかりやすい軽妙な筆致で描き、彼らのしびれるように心を震わす言葉を引き出しています。その一語一語に「働く」とは「自分を磨き高めること」であり、生きることに幅と厚みを与えるものでもあるという強い信念を感じ、我とわが身の来し方、残り少なくなりつつある先々を改めて考えさせられた次第です。

和銑(わずく)を使った茶釜づくりの師弟の言葉があります。和銑は砂鉄を炭で精錬してつくった地金で、幕末から明治期に西洋から入ってきた洋銑(ようずく)とは違って大量生産ができないそうです。おまけに和銑釜の製造にはかなりの手間を要し、細かく分けると100を超える工程を踏まなければならないとのこと。いまや和銑釜をつくる職人は減り続け、国内に数えるほどとなってしまいました。
その「大家」と呼ばれる師匠に弟子入りした若者は入門2年目(取材時)の1993年生まれ。「製作者が死んでからも残るものをつくることが、すごく魅力的に思えた」と言います。実に壮大な目標ではないですか。それを「現実的」という尺度で測り、冷笑しがちな風潮をものともせず、日々の修行に打ち込む青年の気概に圧倒されるばかりです。彼を見守り指導する師匠の「技術より、気持ちを伝えたい」のひと言もぐっときます。むろん技能は重要。しかし、人をつくってこその技能なのだということでしょう。

「私たちがやっているのはアナログだから、シンプルな技術だからこそ、織り手の心が混じりこんで一枚の織物になるんですね。経糸(たていと)は運命。緯糸(よこいと)は生き方」と語るのは1949年生まれの74歳の染織家です。その弟子は1981年生まれの42歳。「初めて糸を染めたとき、命が生まれたと思いました」。いやぁ、ともに意味深にして奥行きを感じさせてくれる言葉です。働くこと、仕事をすることはすなわち「生きる」ことであり、物に「いのち」を吹き込む創造でもあると教わりました。振り返れば、昨年(2023年)は「生成AI(人工知能)」をめぐり、おびただしい数の言説が飛び交い、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ(転換点)」に対する懸念が表出した年でした。こうしたなか、やはり人間にしかできない、人間だからできることがあると感じさせてくれる一冊。もう一度読み返してみようと思っています。

著者の井上理津子さんに聞く
こんな「アナザーワールド」があると伝えたくて

井上理津子さん

――『師弟百景』の後書きで左官の師匠の生き様というか、仕事の根底にある思いに改めて思いを寄せられています。

だれもが暮らしていかなければなりませんから、お金にならなくてもいいというわけではないですが、お金がすべてかといえばそうではない。自分がいったん請け負ったかぎりは自分が納得できる状態に仕上げられなければ、仕事とは言えない、お金をもらうわけにいかないという心意気に強く打たれました。それが体にしっかりと入っちゃってる。単なる理屈とか理論じゃないんです。深く感動しました。

――それが16組の師弟に通じる気質であり、世の流れにやすやすと迎合しないぞという仕事の流儀の源泉かもしれません。といって頑固頑迷というわけではないのがいいですね。

高度経済成長にバブル経済を経て、日本の社会経済が成熟するなか、「余ってます。捨てます」の大量生産・大量廃棄が当たり前となりました。その見直しが図られつつありますし、それではまずいと私を含めてだれもが思っているはずですが、基本的な構造は変わらないまま。「それで本当にいいの?」と16組の師弟は声高に主張したりしませんでしたが、この本を書き上げて実感したのは16組の仕事そのものが現代社会へのアンチテーゼ、無言の異議申し立てになっているということでした。

――大量生産・大量消費に大量廃棄の根底には、とにかく何事も効率よくこなし、生産性を高めるのが一番という発想が根付いている気がします。そもそも人は効率よく生きられませんし、生産性が高い人生って何なのかと首をかしげざるをえないのですが……。

実は私、かねてから火葬に興味があります。人が亡くなると運ばれる火葬炉について、あの炉の温度はいくらでも上げられるし、都内でいちばん早く焼くところは40分から45分。もっと炉温を上げれば、さらに早く焼けると聞きました。でも、その必要がありますかということです。もう少し古いタイプの火葬炉だと今でも2時間はかかると聞きました。2時間より1時間半、1時間半より1時間と日本全国がなってきているそうですが、そんなに急ぐ必要がどこにあるのかと考え込まざるをえません。会館を効率よく使うとか、人件費を抑えるなどの理由はあるようですが、早いのがいいとは言い切れないなと……。

――文字通り、心ない話。「忙」に「忘」ですね。『師弟百景』に登場する皆さんは心をなくしていない。お金に執着したところもないようです。ちなみに16人の弟子たちの平均年齢を計算してみたら32歳。その世代の人たちがあえて安定した会社勤めの道を選ばず、自分の腕をひたすら磨き続けて技能で身を立てる職業選択をしたのがすごいですね。

むちゃくちゃ素敵な存在ですよ。ただ、彼らもお金にまったく頓着しないことはなく、純粋すぎるわけでも、まっすぐ過ぎるわけではないと思います。だって、とにかく暮らしていかなければなりませんもの。ただし、彼らは遊ぶことより楽しいものを職人仕事から見いだしている。人生を賭する楽しみを探り当てた。そんなに幸せなことはないと思います。

その生き方が「かっこいい」と思う若者が増えてくれれば最高ですが、周囲はほとんどサラリーマンという環境で育ち、学校でも勉強が一番大事とされる社会を生きてきた人が大多数なのが現実です。取材を重ねるうちに、そういう人たちにこそ読んでもらいたいと思えてきました。こんなアナザーワールドがあると知ってもらいたいですし、たとえ自分は別の道を歩むにしても、頭の片隅に職人仕事が存在することをしまっておいてもらえたらと思います。
 

――16の職種に共通しているのは「経験値」と「経験知」の双方が求められるという点。師匠も旧態依然の「つべこべ言わずにやれ」という経験の積み重ねだけで押し通すことなく、培われてきた技術や作法にはなぜそうするのかを「裏付ける理論がある」という考え方に立たれています。だから師匠は経験知を言語化して弟子に伝えることに苦心されているわけですね。

宮大工の師匠は「理屈は要らんのや」と言いつつ、弟子にパシッという一言には、全部理屈が入っているというか、しっかり理詰めになっていて言語化されています。その人は修業を重ねて得られる身体的な「値」と理論の「知」を合わせて「経験値」と認識されていると思いました。むろん「値」を何回も繰り返さなければ「知」にはなりません。刀匠の師匠は「仕事はやらなきゃ上手くならない。だから、やった者勝ちだよ」と弟子に発破をかけます。「無謀でもやってみて覚えろ」と失敗を恐れず踏み出すチャンスを用意するわけです。いまの若い人たちは協調性が高く、何でもたてつくことなく「そうですね」と肯定しがちではないでしょうか。波風立てるのを避けるのが、自分のためであり世の中のためと思っている節がありますよね。だから、そっと背中を押してあげる。根気よくそのタイミングを見極めようと、どの師匠も考えているのが素晴らしいです。


いのうえ・りつこ
1955年、奈良県生まれ。フリーライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅や酒場などをテーマにした取材・執筆を手がけ、2010年に東京に移り住む。新潮社から『さいごの色街 飛田』、『葬送の仕事師たち』など現代社会における性や死をテーマに取り組んだノンフイクション作品を新潮社から刊行(のちに新潮文庫化)して話題に。近著に『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『師弟百景』(辰巳出版)がある。


撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛

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