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「食」を起点に「お互いさま」の関係づくり カリフォルニアから世界に広がる「コミュニティー・フリッジ(地域の冷蔵庫)」

米国レポート 取材撮影 カリフォルニア在住ジャーナリスト・ドキュメンタリー映画監督 大矢英代さん

その不可思議な「置物」と初めて出会ったのは、カリフォルニア州立大学のキャンパスだった。ランチを済ませて学生食堂を出ると、通路のど真ん中に鎮座しているものが目に入った。派手な色合いで高さは180センチほど。<もしかして自動販売機?>。これが最初の印象だった。

近づいてみて驚いた。ガラスの扉の向こうにはふっくらとした食パンが3斤。新鮮なレタスやハーブ類が入っている。「置物」は冷蔵庫。その看板には「TAKE WHAT U NEED, GIVE WHAT U CAN(必要なものは自由に取って、あげられるものは入れてね)」とあり、その上段には「freedge(フリッジ)」と書かれている。「フリー(自由・無料)」と「フリッジ(冷蔵庫)」を掛け合わせた造語だ。つまり、誰もが自由に冷蔵庫に入れられたものを無料で食べることができ、自宅で使い切れない食材を捨てずに提供できる冷蔵庫だ。この「コミュニティー・フリッジ(地域の冷蔵庫)」と呼ばれる仕組みを考案したのは一体どんな人たちで、その目的は何なのかを取材した。
 
学生食堂の前に置かれたコミュニティー・フリッジ。「食べかけのものや腐りやすいものは入れないでください」との注意書きがある。冷蔵庫の下にはレンジもある。黄色と緑の屋根はソーラーパネルで電力を自給している(カリフォルニア大学デービス校 )

「コミュニティー・フリッジ」がやってきた!

「新たに冷蔵庫が設置される」という情報を聞きつけ、訪ねたのはカリフォルニア州中部の都市マーセド(Merced)だ。人口約8万6000人が暮らすこの街は、世界的に有名なヨセミテ国立公園の玄関口として知られている。マーセドを目指して高速道路を走ると、周囲にはのどかな農園が延々と広がった。取材に出かけたのは今年3月上旬。カリフォルニアの春の訪れを伝えるアーモンドの木々が真っ白な花を咲かせ、大地を美しく染めていた。この一帯はカリフォルニア中部を南北にまたぐ広大な農耕地帯であるセントラル・バレー(日本語で「中部の谷」の意味)の一部で、サンホアキン・バレーと呼ばれている。南北480キロを超える広大な土地では、ピスタチオやアーモンドなどのナッツ類、ぶどう、オレンジ、桃、葉物野菜など豊富な種類の農作物が生産されている。

高速道路のインターチェンジを抜け、マーセドの繁華街を走り抜ける。すると雰囲気はがらりと変わり、ファーストフード店やディスカウントショップが立ち並ぶ地域へ入った。路上にはホームレスの人たちの姿がある。周囲には古めかしい民家が立ち並び、どこか物悲しい雰囲気を感じさせる。ここで本当に住所はあっているのか……。そんな不安が胸をよぎり始めたころ、車のナビが「目的地到着」を知らせた。運転席から窓の外を見回すと、低所得者向けの団地が目に入った。
 
到着したのは低所得者向けの団地。約100世帯が暮らしている。平日午後3時過ぎ、学校帰りの子どもたちが遊んでいた。

「ようこそ!ちょうど今から冷蔵庫の立ち上げ式を始めるところよ、ぜひ参加して!」
団地の敷地内に入っていくと、二階建てアパートの裏庭から声が掛かった。裏庭に入ると、カラフルなレインボーの絵が描かれた冷蔵庫が置かれていた。「PEOPLE’S FRIDGE(人々の冷蔵庫)」「必要なものを自由に取って、不要なものは置いて行ってね」と英語とスペイン語で書かれている。冷蔵庫の扉を開けると、みかん、かぼちゃ、いちごなど新鮮な野菜や果物がぎっしりと詰まっていた。
 
冷蔵庫には新鮮な果物や野菜がぎっしり

冷蔵庫の周りには団地の住民たちが集まっていた。冷蔵庫の立ち上げ式に駆けつけた人たちだ。
「全ての人に無料で食べ物を届けよう。それがコミュニティー・フリッジのモットーです。私はこの精神が大好きです」
立ち上げ式でそう挨拶をしたのはモニカ・グラスリーさん。冷蔵庫が設置されたアパートは、モニカさんが代表を務めるNGO「ライフライン」の事務所だった。モニカさんは冷蔵庫の設置に至った理由をこう語る。

「この地域では、犯罪、暴力、貧困、ギャングたちの抗争などが多発しています。あらゆる暴力が詰め込まれたような地域なのです。貧困世帯の子どもたちは、安価なファーストフードやジャンクフードを食べがちで、栄養が偏りやすい。追い討ちをかけるように、コロナ禍で経済的に苦しい家庭が増えて、新鮮な野菜や果物が買えない家庭が増えました。だから、今日、こうして新鮮な野菜や果物を地域の子どもたちに届けられるコミュニティー・フリッジを地域にプレゼントができてとってもうれしいです」
 
 
NGO「ライフライン」代表のモニカ・グラスリーさん

2020年に実施された米国の国勢調査によれば、マーセドの貧困率は25.8パーセンと、全国平均(11.4パーセント)やカリフォルニア州平均(11.5パーセント)のほぼ2倍とされる。しかし、農業従事者の中には滞在許可書を持たない移民や滞在許可書が失効した移民たちも多く、深刻な貧困の実態は公の統計では測りきれていないのが実情だ。プロジェクトメンバーの一人、スティーブ・ロッソスさんは言う。

「ここ、カリフォルニア州中部のセントラル・バレーは米国の食料供給源で『アメリカ人の胃袋』とも呼ばれています。米国全土の食のライフラインを支える重要な地域です。一方で、カリフォルニアの中で最も深刻な貧困地域です。新鮮な野菜や果物をつくり届けている生産者が、新鮮な食料を買えないほど貧しくて、ファーストフードやジャンクフードばかり消費しているなんて、あまりにも皮肉な現実です」

世界に広がる「コミュニティー・フリッジ」

コミュニティー・フリッジの原点は、今から約60年前のカリフォルニアにあった。1960年代、オークランド市のアフリカンアメリカン・コミュニティーの若者たちが地域の人たちを人種差別や警察官の暴行から守ろうと「ブラックパンサー党」を結成。貧困と差別の撲滅を目指して黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開した。活動の一環として彼らが始めたのが貧困世帯の子どもたちに朝食を無料で配給する「無料朝食プログラム」だった。

そんな歴史を経て、地域に根ざしたコミュニティー・フリッジが誕生したのは、2012年以降のドイツだ。その輪はスペインやイギリスなどへと広がり、米国では2019年ごろに導入された。

2020年、新型コロナウィルスのパンデミックが米国全土へ広がると、コミュニティー・フリッジの輪も全米各地へと広がっていった。コミュニティー・フリッジの普及活動をしているNGO「FREEDGE」によれば、世界各地に423ものコミュニティー・フリッジが設置されている(2022年5月時点)。日本でも岡山県、山口県、大阪府、福島県でコミュニティー・フリッジが導入された。
 
コミュニティー・フリッジを設置したメンバーたち。冷蔵庫を挟んで右側がマーセドの「冷蔵庫プロジェクト」発起人のエリン・メイヤーさん。左側の男性はプロジェクトメンバーのスティーブ・ロッソスさん

「冷蔵庫プロジェクト」に込めた発起人の願い

立ち上げ式には、マーセドの冷蔵庫プロジェクトの発起人のエリン・メイヤーさんの姿もあった。エリンさんは笑顔で参加者たちにこう呼び掛けた。
「地域に新鮮な食べ物を無料で届けるということは、この地域の子どもたちに生きる力を届けるということです。マーセドにはこれで4つの冷蔵庫ができました。これからもどんどん増やして行きましょう」

エリンさんはカリフォルニア州立大学マーセド校の職員だ。大学構内や地域における食と環境のサステナビリティーを推進するプロジェクトを担当している。今回設置された冷蔵庫もそのプロジェクトの一環だ。

エリンさんがプロジェクトを立ち上げたきっかけは、自身の苦しい体験だった。エリンさんはコロラド州の大学で生物学と栄養学を学んでいた。高額な学費を払うために学業の傍ら、コーヒーショップの店員としてフルタイムで働いていたが、それでも生活費が足りず貧困状態に陥ってしまった。低所得者のための食料費補助対策「フードスタンプ」を利用しながらなんとか生きていけるだけの食料を手に入れる日々が続いた。

「私はいつも空腹で苦しんでいたのに、勤務先のカフェやスーパーでは、毎日、大量の食品が廃棄されていくのを目にしていました。悔しくて胸が締め付けられる思いでした。それをきっかけに、食品廃棄を減らすことが私の使命だと感じるようになったんです」
2020年、新型コロナウィルスが猛威をふるうと米国全土のスーパーで食品の買い占めや供給不足が横行した。特に貧困地域では食べ物が自由に手に入らない事態が起きた。エリンさんは貧困世帯を助けるためにコミュニティー・フリッジの設置を決意。貧しい人々が暮らす地域を中心に、次々と冷蔵庫を設置していった。
 
 
パンデミックが猛威を振るい始めたころ、カリフォルニア州で暮らす筆者の自宅近くのスーパーでも買い占めが横行した(2020年3月フレズノ)
 
食肉コーナーも空っぽに(2020年3月フレズノ )

マーセドのコミュニティー・フリッジでは、大型スーパーなどから廃棄される食品をすべてフードバンクに集めている。フードバンクは倉庫のような役割を担い、そこから地域の冷蔵庫に必要な分の食品が分配されている。地域の農家が「規格外品」や出荷終了後に手元に残った野菜や果物を持ってきてくれることもあるという。

では、肝心の冷蔵庫はどのようにして確保したのだろうか。冷蔵庫の管理を担当するスティーブ・ロッソスさんはこう話す。

「ゴミ捨て場に捨てられているものや、引越しで不要になったものだったり、冷蔵庫そのものを確保するのは比較的簡単なんです。この冷蔵庫自体も、フードバンクから寄付されたものです。でも冷蔵庫を設置したその後が大変なんですよ。新鮮な野菜や果物だから害虫が付いたりするし、鮮度が落ちないようこまめに管理するのは結構手間がかかるんだ」

スティーブさんによれば、この地域では夜10〜11時に冷蔵庫を利用する人が多い。深夜まで仕事をしている人たちが多いからだ。その時間に空いている店はファーストフード店ばかり。だからこそ新鮮な食材が24時間いつでも手に入るコミュニティー・フリッジは、この地域の人たちにとって大きな助けになるとスティーブさんは考えている。

冷蔵庫に込めたのは、子どもたちの未来への希望 

冷蔵庫を設置したNGO「ライフライン」の事務所の中をのぞいてみると、真剣な表情で机に向かう子どもたちがいた。てっきりNGO代表のモニカさんの子どもたちだと思っていたら違った。

「この地域の子たちよ。ちょうど学校から帰ってきたところで、宿題をやっているんです」とモニカさんは言う。
「この地域は共働きや一人親の世帯がほとんどだから、子どもたちだけで夜遅くまで親の帰宅を待つということもよくあるんです。子どもたちを犯罪や事故から守るために、安全に宿題をできる環境を作ろうと思ったんです。毎日15〜20人くらいが利用しています」

二階に上がると、ボードゲームや絵本が並ぶ子どもたちのプレイルームがあり、その隣にはパソコンとプリンターが置かれた部屋があった。取材した3月は米国の確定申告の時期だ。しかし、この地域の人たちの多くはパソコンやプリンターを持っていない。そこでモニカさんは、毎年年度末になると貧困世帯の人たちの税金申告を手助けしている。

「貧困世帯を助けるためには、電話相談の電話番号などが書かれたチラシを配るだけでは不十分だと思います。資源へのアクセス、これが一番大事です」とモニカさん。そしてこう強調した。

「貧困という厳しい現実の中に生きるということは、風船の中で生きているようなものです。私たちは資源を提供することで、その風船を割る手助けをしたいんです」
貧困に苦しむ子どもたちがいつか自らの手で「風船」を割れるようになること。そのための力をつけるため、教育環境や食へのアクセスを提供すること。コミュニティー・フリッジ・プロジェクトが担うのは、単なる冷蔵庫の設置ではなかった。それは、貧困から立ち上がろうとする子どもたちの背中を押すことであり、未来へ託す希望だった。
  


フードバンクから届いた野菜や果物

取材の最後に「5年後の未来に、この地域のどんな姿を思い描いていますか?」と、プロジェクト発起人のエリンさんに聞いてみた。エリンさんは「とてもいい質問ですね」とほほ笑みながら、こう応じてくれた。

「5年後はこの地域からコミュニティー・フリッジが全部なくなっていてほしい。全ての人たちが貧困を克服して、お腹を空かせた人がいなくなって、もうコミュニティー・フリッジが必要ないという、そういう地域になっていてほしいんです。でもそれは現実的じゃないって分かっています。だから、5年後にはもっともっとたくさんのコミュニティー・フリッジを地域のあちこちに設置して、食べ物に困っている全ての人が食にアクセスできるようにしたいです」
 
マーセド・コミュニティー・フリッジ・プロジェクトのメンバーたち





おおや はなよ
1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。
 2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。
 

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