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シリーズ 揺れる米国社会 連載「トランプ政権とは何だったのか(上)」大矢英代さん

大矢英代(ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督)

2021年1月20日(水)ワシントンDCの連邦議会議事堂前で就任演説をするジョー・バイデン新大統領 (mccv / Shutterstock)

大統領就任演説で感じた違和感

今年(2021年)1月20日の朝、私はカリフォルニア州の自宅でいつもと変わらない平凡な朝を過ごしていた。コーヒーを片手にキッチンの窓から見上げる空も、やはりいつもと変わらない。西海岸らしい晴れ渡った青空だった。

唯一、違ったのはパソコンのスピーカーから聞こえてくるのが毎朝聞いているラジオ番組ではなく、約4500キロも離れたアメリカ大陸の対岸、首都・ワシントンDCから届けられる中継だったこと。パソコンの画面には、連邦議会議事堂の前でスピーチをするバイデン新大統領の姿が映し出されている。

「国民のみなさん、今日はアメリカの日です。私たちは、一人の候補者の勝利ではなく、民主主義の大義の勝利を祝います。人々の意志が聞き入れられ、受け入れられたのです」
就任演説は「民主主義の勝利」という華々しい言葉で始まった。

「今日、1 月のこの日に私が全霊をささげているもの、それは米国を一つにすることです。国民を、国家を一つにすることです。この大義のために私と一緒に力を尽くしてください。結束して、私たちが直面する、怒り、恨み、憎しみ、過激主義、違法行為、暴力、病気、失業、絶望といった敵と戦うのです」

バイデン新大統領のスピーチに散りばめられた希望あふれる言葉。国民に呼びかけられたのは対峙する者同士の和解と結束だった。

21分間にわたるスピーチは就任演説にしては決して長くはない。これまでの大統領の就任演説と比較して特段優れた内容でも、力強さを感じるわけでもない。それでも私には特別なスピーチとして聞こえた。この瞬間は間違いなく米国の歴史に残るものであり、それをいま自分自身が体験しているのだと実感したからだろう。

しかし「歴史に残る」のは、バイデン政権の誕生そのものではない。「トランプ政権の終了」という事実だろう。

ドナルド・トランプがホワイトハウスから去った。激動の4年間に終止符が打たれた。でも、私にはまだ実感がわかなかった。むしろ、誤解を恐れず私見を述べれば、バイデンのスピーチに違和感を覚えていた。「結束」などという希望あふれる言葉が浮世離れした虚しいものにすら聞こえた。それはたった2週間前に、就任演説が行われているまさにその場所で起きた連邦議会襲撃事件の残像が、いまだ脳裏に焼きついているからだろう。
 
1月6日、バイデン新大統領の就任式の2週間前、トランプ支持者が連邦議会議事堂を襲った (lev radin / Shutterstock)

連邦議会議事堂を襲った群衆

「今週水曜日はワシントンDCで大変なことが起きるだろう」
そんな会話を米国人の友としたのは、1月4日(月)。襲撃事件が起きる2日前のことだった。ツイッターには、この水曜日に大統領選挙の不正を訴える抗議集会「SAVE AMERICA(アメリカを救え)」への参加を呼びかける情報があふれていた。

トランプ自身も、年末の12月30日に「1月6日、DCで会おう!」とツイートするなど、集会への参加をたびたび呼びかけていた。当日は、連邦議会でバイデンが勝利した大統領選挙の結果を認定する作業が行われる。それにあわせて、選挙の不正を訴えようというわけだ。

「きっと全米各地からトランプサポーターが参加するだろうね」と友人と話していた。しかし、まさか群衆が議会議事堂に乗り込み、死者が出るほどの深刻な事態に発展するなどとは想像もしていなかった。

1月6日、連邦議会での暴動事件は、オンラインニュースやソーシャルメディアを通じてオンタイムで私のもとに伝わってきた。写真や動画に写し出されていたのは、星条旗や「TRUMP」の青い旗で埋め尽くされた集会の様子だった。
 
1 月6 日、ワシントンDC の「アメリカを救え集会(Save America Rally)」に参加したトランプ支持者たち(Julian Leshay / Shutterstock)
 
集まった支持者たちにスピーチをするトランプ大統領(当時)(bgrocker / Shutterstock)

登壇したトランプは、参加者たちに向けて「ここにいる全員がまもなく、平和的かつ愛国的にそれぞれの意見を届けるため、議事堂に向かって行進していくだろう」と語った。そして群衆は議会に乗り込んでいった。なぎ倒されていく警察。議会の壁をよじ登る人々。力づくでドアを壊し、雪崩のように議会へと入っていく。死刑台の模型を担いだ人たち。標的は、トランプに裏切り者として名指しされたマイク・ペンス副大統領だ。「ペンスを吊るせ!」の怒鳴り声がとどろく。参加者たちがスマートフォンで撮影する議会内部の様子は、ソーシャルメディアにどんどんアップされていった。ニュースを見ながら、これが21世紀の米国で起きていることとは信じられなかった。

人々はなぜトランプを支持するのか。なぜトランプの言葉を信じ、従うのか。それを知るためには、私たちは重要な事実と向き合う必要がある。トランプサポーターには、彼らの「真実」があるということだ。

トランプサポーターにとっての「真実」

事件以来、この問題を米国メディアは連日報道している。ニューヨークタイムズのラジオ番組「ザ・デイリー」は、1 月19 日付けの番組でトランプサポーターたちの声を伝えた。番組では、トランプ支持者や、ワシントンDCの「アメリカを救え」集会に実際に参加した人の声が34 分間にわたり紹介された。その中で、番組プロデューサー、ステラ・タン氏がウィスコンシン州在住のトランプサポーターの女性(57)との電話取材を試みている。やりとりは次のようなものだ。

ステラ・タン氏「事件についてどう思っていますか?」

女性「複雑な気持ちです。私は暴力には絶対反対です。しかし、これには理由があったと思います。メディアが情報を抑制しているのです。メディアは私たちの声を制圧する組織であり、私たちが言うことも、私たちが聞くこともコントロールしています。多くの人がメディアに本当にうんざりしていると思う。合衆国憲法の精神に背くものだと思う」

このインタビューを聞きながら気になったのは、女性がメディアに対する強い不信感を露わにしていたことだ。もちろん、メディア嫌いな人は珍しくなく、批判的考察力という点ではメディアを疑ってかかるのは大事なことだろう。しかし、女性は自分たちの声がメディアに規制されていると確信し、批判する一方で、その主張を裏付ける物的な証拠や事実を示すわけではなかった。まるで、そのように「信じている」ことだけが証拠のようだ。

ステラ・タン氏は重ねて問いかけた。
「多くの裁判所が不正選挙に関する(トランプの)訴訟を取り下げたという事実についてどう思いますか?また、多くの議員が次の大統領に移る時が来たと言っていますが、それは選挙に詐欺があったというあなたの気持ちに影響を与えませんか?」
女性は言った。「全く影響されません。裁判所や議員たちは(不正があったという)証拠を知る時間がなかっただけ」だと。

さらにステラ・タン氏が「どうしたらバイデンが選挙に勝ったと納得できますか?」と問うと、女性はこう断言した。「(バイデンが不正をしたという)証拠が存在しない、という証拠を見せてほしい」
「どれくらいの証拠があれば十分だと思いますか?」とステラ・タン氏。

女性はやや動揺した様子になった。どんな「証拠」があれば納得できるのか、彼女自身もよく分かっていなかったのだろう。そしてこう語った。
「とにかくたくさんの証拠。死者が投票していたり、動物が投票していたり、たくさんのことが起きたじゃないですか。(投票締め切り日に)投票に行くなという呼びかけがあったり、誰もいない隙に票が盗まれたり。ユーチューブでも、反バイデンやトランプ賛成の動画はどんどん削除されている。私たちの声は無視されていく。(削除された情報は)私にとっての情報源だったのに」
 
連邦議会襲撃事件の2 日後、ツイッター社はトランプのアカウントを停止した( kovop58 / Shutterstock)

「真実(トゥルース)」と「事実(ファクト)」は似て異なるもの

それでも「選挙で不正があったからバイデンが勝った」という彼女の主張は、彼女にとっての「真実」である。問題は、多くのトランプ支持者がその「真実」を共有し、その「真実」に基づいて集団化していることだ。

ここで「真実(トゥルース)」と「事実(ファクト)」の違いに触れておきたい。
両者は同じように見えて、全く異なるものだからだ。

「事実(ファクト)」は実際に起こったものごとの事象であり、「真実(トゥルース)」は事実に対する個々人の主観だ。例えば、「Aさんが30 分遅れで会議に参加した」という事実に対して、Aさんが遅刻の理由を「体調不良でやむを得ず遅れた」とすれば、それはA さんの真実である。同じ会議に参加していたB さんが「Aさんは時間にルーズな人だ」と考えれば、それはBさんにとっての真実だ。

同様に「バイデンが選挙で勝った」というのは事実。一方、「バイデンが勝ったのは不正をしたから」というのはトランプにとっての真実である。

ジャーナリストとして仕事をする上で、このような事実と真実を見極める力は必要不可欠といっていい。私自身、調査報道では徹底して事実にこだわるし、一方で、ドキュメンタリーでは事件、事故、戦争によって苦しめられてきた個々人の物語や視点をそれぞれの真実として丁寧に紡いだりする。そのような取材を重ねるほどに、ひとつの事実に対しても、人の数だけ真実があることを学んできた。

だからこそ、私はトランプ支持者を「おかしなやつらだ」と批判するだけでは問題は解決しないと考えている。彼らがなぜそのような「真実」を抱き、共有し、集団化し、議事堂襲撃事件を起こすほどまでに信じ込んだのかが問題なのである。

それを知るためには、11月の大統領選挙までさかのぼる必要がある。
【次回へ続く】
おおや はなよ
1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。
2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。

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