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行ってきました!手賀沼せっけん工場 廃油集めて、石けん炊いて、障がいのある人と一緒に汗流す

生活クラブ産地提携の半世紀・番外編

生活クラブ千葉(千葉市美浜区)は、日本の生協陣営が進める福祉事業のパイオニアであり、いまなおフロントランナーであり続ける生活協同組合です。その原点には自ら回収した廃食油から石けんをつくる工場を建設し、手賀沼の浄化を進めながら、その工場を障がいを抱えた人の働く場にしようとする手作りの福祉の思想に立脚した組合員の活動があります。建設から35年が過ぎた今年、手賀沼せっけん工場を運営するNPO「せっけんの街」を訪ねてみました。

「ライトライブリフッド賞」に思う

このままでは地球は壊れてしまう。いつまで知らん顔をしているのですか。それは紛れもなく、わたしたち人類の問題ですよね。いまにも海中に水没しそうな地域があっても、干ばつや豪雨で窮地に追い込まれる人たちがたくさんいるのに、わたしには無関係と思っていていいのですか。

16歳の高校生に突然、そう問われたらどうしますか。相手は真剣そのもの。普段は穏やかな愛らしい顔をした女子がやけに険しい表情を浮かべ、いつになく口調も厳しいとしたら困りますねぇ。たぶん、当方ならたじろぐしかありませんし、おおいに動揺し、アーとかウーしかいえずじまいで終わるか、体のいい耳障りのいい言葉を羅列し、その場をそそくさと離れるのが関の山かもしれません。

ふと、そんな物思いにとらわれたのは地球温暖化対策の必要性を世界に訴え続けてやまないスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(16)の姿をテレビのニュースで見たからです。彼女の懸命な訴えを核保有超大国で、世界のスーパーパワーと称される2国の首脳が耳にし、賛同するどころかあざ笑うかのように冷やかし、とってつけたような大人の道理を諭したとの新聞記事を見て、もはや世も末かとむなしい気分でましたら、グレタさんがライトライブリフッドアワードを受賞したといいます。

この賞は「もう一つのノーベル賞」と呼ばれ、1980年にスウェーデンの国会議員だったヤコブ・フォン・エクスキュルさんが創設しました。現在、最も切羽詰まっている問題の解決を目指し、実際に行動しながら解決策を見つけようとする実践を担っている個人や団体を表彰するのが目的だそうです。エクスキュルさんはノーベル賞の賞金を提供しているノーベル財団に、同賞の授与の際にライトライブリフッド賞も贈呈したらどうかと提案したのですが聞き入れられず、独自に賞を設けることに決めたようです。
さて、グレタさん同様、生活クラブ生協も1988年にライトライブリフッド賞を拝受しています。受賞理由は自然環境を考えた「石けん運動」の積極的な推進、化学合成農薬や化学肥料の使用を削減した農法を実践する生産農家と連帯してのコメや野菜の共同購入の実践、石油化学の産物であるプラスチック製品の使用を極力抑えた包装容器の選択に古紙を再生したロールペーパー(トイレット・ペーパー)の活用といった組合員の主体的な意思に基づく生活クラブの活動と事業に、選考委員の評価が集まったからです。

石けん利用で「手賀沼を守ろう」

合成洗剤ではなく、石けんを使う暮らしを生活クラブが提案したのは、公害(企業害と呼ぶ人もいる)という言葉が社会に定着し、ごみ処理問題が深刻さを増すなか、河川や湖沼の水質汚濁の改善が切に求められるようになった1975年。「加害者になることをやめよう」を合言葉に、洗濯用粉石けんや台所用液体せつけん、固形石けんの利用を生活クラブの組合員は熱心に地域に呼びかけました。

この翌年の1976年、東京都にしかなかった生活クラブ生協が千葉県と長野県に誕生しました。むろん、この両県でも「合成洗剤ではなく石けんを」の提案は広がり、継続されていきます。こうしたなか、生活クラブ千葉の組合員は、自分たちが暮らす身近な地域にある手賀沼(千葉県柏市)の水質汚濁がひどいことを憂い、1980年に「手賀沼を守ろう」をスローガンに手賀沼流域の3市(我孫子市、柏市、流山市)1町(沼南町=現・柏市)の住民に石けんの利用を呼びかけ、「合成洗剤を追放してせっけん利用を推進する直接請求運動」をスタート。これがNPO法人「せっけんの街」の起源となりました。1980年といえば、ライトライブリフッド賞が設立された年。不思議な縁(えにし)を感じます。

せっけんの街では「手賀沼の汚濁の原因の7割は家庭からの排水が深く関係している。だったら、私たちの暮らし方を見直し、合成洗剤を石けんに切り替えていきましょう」と地道な提案を続けました。同時に「障がいを抱えた人たちとともに、各家庭から廃食油を集め、そこからせっけんを製造する工場を設立したい」と地域の賛同を求め、1985年に千葉県柏市の工業団地の一角に建設されたのが「手賀沼せっけん工場」です。 その建設には、生活クラブの組合員を中心に1万人以上が出資してくれたそうです。

建設から35年が過ぎた現在も、直径2メートル、深さ2メートルの大釜は健在。これに皆で地域の家庭から回収してきた廃食油を入れて炊き、煮立ったらカセイソーダなどを加えて石けんにし、これを乾燥させては砕いて袋詰めするというシンプルな工程は変わりませんが、「稼働当初は廃食油同様に皆が建築廃材などをもらってきてはかまどにくべて燃やしていました。そうして石けんを炊く日は泊まり込みになることもあり、まきを炉にくべながらかまど端でお酒を酌み交わしながら楽しい語らいのときを過ごしたものだと聞いています」と、せっけんの街理事長の道端園枝さん(61)は笑顔で語ってくれました。

合成洗剤を石けんと思って使っていませんか

この言葉を受け、生活クラブ生協千葉・専務理事の片桐浩章さん(55)はこう話します。「僕は生活クラブ千葉の原点は石けん工場にあると思っています。まぁ、ほんのお手伝い程度でしたが、組合員と大釜での石けん炊きに汗を流す機会がありましてね。そのときですよ。手賀沼をきれいにしたいという組合員の願いが石けんという具体的な形になり、その利用呼びかけが身近な環境問題を解決する具体的な社会提案となっているんだなと実感したのは。言葉だけじゃなく、組合員は自らの行動を通して手賀沼の浄化を実現しようと頑張っていました。このスタンスで彼女たちは障がいを抱えた人の雇用の確保にもチャレンジし、石けん工場を障がいの有る無しを超えた人間交流の場にしていったのです」
 

そんな片桐さんの話を笑顔で聞いていた阿部ともさん(36)。母親が生活クラブ千葉の職員として働き、地域での福祉事業の推進に尽力している姿を見て育ち、「物心ついた頃には、台所にはせっけんの街の液体石けん、洗濯機の傍らには、せっけんの街の粉石けんが置いてありましたから、合成洗剤ではなく、石けんを使うのが当たり前と思っていました」と話します。


聞けば、理事長の道端さんが石けんを使うようになったのは、ひどい手荒れに悩んでいたから。そんなとき、生活クラブの組合員の友人から「合成洗剤と柔軟剤のせいじゃないの」と言われたのがきっかけだったそうです。「それが縁で、石けんを使い出したら一週間くらいでつるつるになっちゃった。そのうち活動に誘われてアピールをやるようになって、理事を引き受けるまでになっちゃった」

そこに1988年から手賀沼石けん工場で働いている新居康志(にいい・こうじ)さん(49)が顔を出した。石けんづくりは楽しいですかと聞いてみると「うん。いっぱい作る」と元気なひと言が返ってきました。「さすがに50歳近くになって夏場は体力的にきつかったりするんです。十分注意して見ててあげないと火傷しちゃう。康志さんは何しろ自分が工場に来ることがうれしくて、お客さんが来てくれるのがうれしくて仕方がないんですよ」と道端さんは目を細めた。笑顔にあふれた手賀沼せっけん工場だが、経営が年々厳しさを増しているのも事実です。



さて、ここで合成洗剤と石けんの違いを確認しておきましょう。エッ、いまさら、なぜかって? それは紛れもなく合成洗剤なのに、それを石けんと思っている人が少なくないのではないかと思うからです。なにせ、スーパーを見ても、コンビニを除いても、大はやりのドラッグストアに行ってみても売り場を埋め尽くしているのは合成洗剤ばかり。統計的に見ても、石けんの普及率は「1」、残りの「9」は合成洗剤が占めるという世の中ですから。

そんな多数派の合成洗剤の原料は石油、石けんは動植物の油脂が原料です。まぁ、自然界にあるものでできているのが石けんで、化学精製という細工をして得られるのが合成洗剤と大雑把に理解してください。その差は製品表示を見ていただければ一目瞭然。見慣れないカタカナがたくさん並んでいたら、おそらく合成洗剤でしょう。
問題は環境への影響です。石けんは「適量」を使用しているかぎり、合成洗剤より速く分解されますが、化学精製から生まれた化学物質は分解速度が遅く、微量でも作用し続ける可能性が否定しきれません。東京2020五輪の競技会場となる海域の水質汚濁が問題になり、海水を浄化してくれるバクテリアが何らかの理由で消滅したためという説が出てきていました。これが合成洗剤に起因するものではないことを祈るばかりです。

厳しい経営を関連グッズ販売で乗り切るも

既におわかりいただけたかと思いますが、手賀沼せっけん工場の経営が厳しいのは、石けんを使う人が減り続けているからなのです。この点について、事務局長の延吉慎一さん(68)はこう話します。「いまは洗濯用粉石けんを生活クラブ千葉と茨城が共同購入してくれています。ボトル入りのマルダイ石鹸さんの技術協力を得て開発しました。1994年には印旛沼に石けん工場を新設し、そこのオリジナリティを出すために重曹入りの『あんしん』を開発。液体石けんと固形石けんは印旛沼での生産に特化しました。

おかげさまで液体石けんの評判は上々なのですが、売り上げ総体が伸びてきません。いま、手賀沼工場では職員3名。パート、アルバイトが3名の計6名体制を採り、印旛沼は職員1名にパート2名で回しています。

昨年は10年ぶりに売り上げが2,000万円弱まで回復しましたが、石けんのみで見ると1,500万円ほど。これが2,000万円になれば、障がいのある人の雇用を増やし、7
人体制でやっていけます。設立から30年が経過し、機械設備もガタガタになってきています。とにかく石けん利用者が増えてくれないと苦しいです」



せっけんの街の事業を大手企業も 「1%フォー・ザ・プラネット」という仕組みで支援し、当該企業収益の1%を助成金として給付、アパレルメーカーからも2年続きで寄付金が寄せられたそうですが、「いまは経営が厳しいため、無農薬の虫除けなどの関連グッズの販売に力を入れざるをえません。その仕入れにもお金が必要ですし、いわば副次的な事業をいつまでも当てにするわけにはいきません。やはり、石けんを売りたいですし、本当は石けんだけでの事業存続が望ましいのです。ところが、石けんの利用の頭打ち状況が常態化しつつあります。そうしたなか、生活クラブの組合員は石けん利用を周囲に呼びかけ、障がいを持つ方といっしょに働く場を守り、次の世代につなげたいと応援してくれているのです」

取材を終えると、延吉さんはエプロン姿となって工場のキッチンに立ち、手料理の昼食を振る舞ってくれました。そこに「石けん派」と自ら称してやまない人たちの何ともいえない温もりを感じた次第。そうそう、冒頭の16歳の質問には、「そうね、58歳のおっちゃんも少しだけ自分事として考えてまっせ。なんせ手賀沼石けん使ってますもん」と言おうと思います。ハイ。


手賀沼せっけんの購入希望や問い合わせは、
〒277-0803 千葉県柏市小青田29-2
NPO法人せっけんの街
電話04-7134-0463 ファクス04-7134-7468
 
【2019年11月10日掲載】

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