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だれのため、何のための漁業法改正か?


「漁業を成長産業にする」というかけ声のもと、これまで各道府県知事が漁協に優先的に付与してきた水産物の養殖に採取、定置網漁などの操業を認める「沿岸漁業権」を企業にも認めることを骨子とした改正漁業法が施行される。この法改正を推進した政府の「真の狙い」について、元漁協組合長の佐藤清吾さんと自身が沿岸漁業権の行使権所有者の東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんが語り合った。

自動車輸出最優先の「経産省政権」

佐藤 宮城県北上町十三浜(現・石巻市)からきました。私は1988年に漁協の理事になり、2010年に引退したのですが、その翌年に東日本大震災です。あの大津波で連れ合いと孫を同時に亡くし、ひとり暮らしになったこともあり、仙台市の近くで暮らす息子夫婦を頼って、余生を送ろうと思っていたのです。

すると漁協の組合員が毎晩のように訪ねてきては「十三浜の復興に手をかしてほしい」と拝み倒され、「漁業復活」に取り組みました。その仕事にようやく目処がついたので引退を申し出て、今年から年金暮らしをしています。

とはいえ、十三浜は女川原発に近いですから安閑とはしていられません。震災前から続けてきた反対運動をやめるわけにはいかんのです。あの震災で福島原発がとんでもない重大事故を起こしたにもかかわらず、政府や官僚の姿勢は旧態依然のまま。だから、現在も忙しく動き回っています。


鈴木 奥さんとお孫さんを亡くされた悲しみのさなかに、地元の漁業再建に全力で取り組まれ、いまも海を守るための反原発運動に奔走されておられるとのこと、心から敬意を表します。

実は私も漁業者の端くれなんです。生まれは三重県の志摩市で、英虞湾のいちばん奥にある実家も、やはり半農半漁の暮らしを営んでいました。私はひとり息子ということもあり、幼いときから田植え、稲刈り、畑をおこして野菜を植えるのを手伝いました。海の仕事は真珠にカキ、ノリの養殖。とりわけ冬場に収穫期を迎えるノリの仕事は実にきつかったですね。当時はまだ機械化されていませんから、網を張って手で摘む。それを天日干しして袋詰めするという一連の仕事を手伝いました。そういうわけでまだ私は漁業権の行使権を持っていますし、親類縁者もノリ養殖を続けています。

そのノリ養殖が自由貿易の影響をもろに受け、大変な事態に直面しています。国産のノリは現在80億枚くらい流通していますが、輸入枠の拡大を求められた政府は2025年には韓国産27億枚、中国産16億枚、韓国産と中国産とを併せて43億枚に増やす約束をしてしまっているのです。


佐藤 相も変わらず政府は国内の農林水産業を軽んじ、国民の生命の糧である「食料」の国内自給に真剣に取り組もうとしないわけですね。特に現政権のやりかたはひどい。とにかく大企業の利益最優先です。

鈴木 今回の日米貿易交渉でも対米輸出品の4割を占める自動車業界の利益確保を政府は最優先しています。理由は経産官僚の天下り先の確保につながるからです。首相官邸をコントロールしているのも経産省で、現政権には「経産省政権」の呼び名まであるくらいです。

持続的な漁業より企業利益を追求

佐藤 農水省を解体するという話まであるそうですね。

鈴木 ええ。もはや農水省は不要、経産省に吸収すればいいという流れは強まるばかりです。「国民の生命、自然環境、コミュニティ、資源、国土」を守っている重要な産業が農林水産業であると私は考えていますが、経産省は「農林水産業を特別なものと考えるほうがおかしい」とにべもありません。産業の評価はいかに多くの金銭的利益を生むかによって決まるといってはばかりません。

今回の漁業法改正も同じ視点に立つものだと私は見ています。たとえば個人漁業者がどんなに頑張ってノリを養殖しても、せいぜい1000万円にしかなりませんが、その漁場で大手企業がマグロ養殖に取り組めば3億円になるという論理です。これぞ成長産業と政府は説き、これまで漁協にだけ付与してきた漁業権を企業にも付与する道筋をつけました。だから実にたちの悪い法改正なのです。私企業への利益誘導を目的に漁業者の権利が剥奪されるのであれば、憲法の定める生存権や財産権にも抵触してきます。

佐藤 水産庁はどうなのですか。
 

鈴木 彼らは漁場利用は立体的・重複的で分割できないから、漁協に優先的に使う権利を付与し、漁業者間で利害調整をしながら資源を共同管理してもらわないと海は守れないと主張しています。

また、今回の法改正では魚種を特定し、その漁獲枠を個別の漁業経営者に配分するという「IQ制度」の導入が明記され、個別漁獲枠の売買が可能な「ITQ」の導入も視野に入っています。さらに、漁船のトン数制限も撤廃されました。

そんなことをすれば資金力のある企業が圧倒的に有利になり、家族経営の漁業者は苦境に陥り、漁村が崩壊しかねない。そう水産庁は憂慮していました。

今回、水産庁が「やるべきでない」と主張し続けてきたことを一気に「すべてやる」ことになってしまったのですから、良識ある官僚やそのOBは断腸の思いではないでしょうか。実は、「水産庁内での議論がないどころか、案文もほとんどの人は知らなかった」との指摘さえあります。

魚価低迷に資源枯渇、食文化も変えられ

佐藤  個人漁業者にとって最も重要なのが前浜から5キロ以内の操業に関わる沿岸漁業権です。この権利は漁業者の暮らしと直結した養殖に貝類などの採取、定置網や刺し網漁をしながら、資源が枯渇しないように海を守りながら漁をする者に保障されたものです。

なぜ、沿岸漁業権を県知事が漁協に付与してきたかといえば、漁業者個々人の抱えた事情や地域の現状を把握し、民主的な運営ができるのは漁協しかないという認識があるからです。ところが、宮城県知事は漁業関係者の強い反対をよそに、安倍政権の「漁業特区制度」を利用し、沿岸漁業権を民間企業に付与しました。おまけにそれを震災後の混乱に乗じて実行したのですから、腹立たしいかぎりです。

鈴木 今回の漁業法改定は、震災時の宮城の「火事場泥棒」的な水産特区の全国展開とも言えますね。

漁業権の付与条件は「(漁場を)適切かつ有効に活用している者」とされています。しかし、政府の狙いは「企業の利益拡大」にあるわけですから、「適切かつ有効に活用している」という語句の意味を「多くの稼ぎをあげられる」と曲解し、個人と企業のどちらが適切かつ有効か、「やはり企業のほうが適切かつ有効な活用をしているではないか」ということになる恐れが十分あります。


佐藤 私たちも企業の漁業参入を全否定しているわけではありません。現に漁協の法人組合員になって漁業権を保有している地元企業は数多くあります。この現状のどこに問題があるかを示さないまま、漁協に優先的に付与されてきた漁業権を企業に開放することを急ぐ理由がわかりません。

むしろ、後継者のいる漁業者に空いた漁場を積極的に割り当て、操業可能な海面を増やしていくなどの施策が切に求められているのです。昭和初期の船は手漕ぎでしたから、岸から3キロから5キロまでの海域が漁業権設定海域と定められてきました。しかし、いまは動力船が当たり前。それなのに漁業権設定海域は広がっていません。

政府も財界も漁業衰退の要因は漁民の怠慢にあるといいますが、むしろ問題なのは政府主導の水産物輸入の野放図な拡大ですよ。同時に日本の食文化が大きく変わり、魚を食べる人が減ってきた影響もあります。

鈴木 農産物の関税率は平均12%くらいありますが、水産物は4%しかありません。そこに安価な輸入品の直撃を受け、低価格競争を強いられるわけですから、漁業者はたまりませんよ。それでも懸命に海を守っている人たちに漁業衰退の責任を押しつけるとはとんでもない話です。

これまであまり調べられていなかったようですが、私たちが農業者と漁業者の所得に占める補助金率を調べたところ、農業が30%で、漁業は14.8%でした。輸入品との競争で、水産物価格が低迷しているのであれば、差額を補填するという諸外国と同様の方法を採用するべきだと思います。

佐藤 魚価の低迷に加えて深刻なのが、海洋環境の変化による資源枯渇です。先頃、岩手県釜石市の漁業者と交流してきたのですが、「ホタテ養殖が不可能になった」と嘆いていました。暖流の支配が続き、寒流が南下してこないからです。サケも南下しませんから、2019年の初水揚げは去年の10分の1まで落ち込みました。サケの水揚げ減少は、年々深刻になるばかりです。

鈴木 日本の食文化が変わり、魚を食べる人が減ってきたのだから魚価低迷は仕方ないという議論もありますが、それを主導したのは米国です。「日本人は米国産の余った麦と大豆とトウモロコシを食え」とね。「コメを食べるとばかになる」と宣伝したのも米国です。米国は日本の食生活を徹底的に変え、「肉を食え」と巧妙に誘導した。コメや魚といった伝統的な食文化が衰退したのは米国の無理強いの結果でもあります。

その米国には服従し、企業の利益追求を最優先する現政権の農林水産業に対する政策は、国民の生活基盤を揺るがし、健康で文化的な暮らしを保障する憲法の精神をないがしろにするばかりか、国民の共有財産を消失させかねないものだというしかないと思っています。そのことをぜひ多くの人にわかってもらいたいです。佐藤さん、今日はありがとうございました。


佐藤清吾 (さとう・せいご)
1941年生まれ。宮城県石巻市十三浜在住。十三浜漁協組合長を経て宮城県漁協十三浜支所長。2009年に漁協役員を退任するも、2011年3月11日の東日本大震災を機に地元漁業の復興を目指して現役復帰。女川原発の立地反対運動に取り組み、現在も再稼働反対運動に精力的に参加する。

鈴木宣弘 (すずき・のぶひろ)
1958年生まれ。東京大学大学院教授。農林水産省、九州大学教授を経て現職。国民のいのちの源である「食」と「農」の価値を訴え、国内の一次産業を切り捨て、大企業の利潤追求を最優先する新自由主義経済への厳しい批判を一貫して続けている。著書に『食の戦争』(文春新書)がある。

【2019年12月10日掲載】

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