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舵を切って、育てる漁業へ 北海道漁業協同組合連合会・雄武漁業協同組合【ホタテ・サケほか】


北海道のオホーツク海に臨む雄武おうむ町にある雄武漁業協同組合は、ホタテ、サケ、毛ガニ漁を3本柱とし、自前の加工場で処理し出荷する。また、前浜でホタテの稚貝を養殖し、サケのふ化事業に取り組むなど、将来を見据えた漁業を営む。

変わる海の環境

オホーツク海に面する雄武町の海岸線は約35キロメートルにも及び、毎年1月下旬から3月にかけて接岸する流氷は、この海域に豊富なミネラルをもたらす。また、海水との温度差があるため対流を引き起こし、海底にとどまっていたミネラルが引き上げられて植物プランクトンの増殖がすすむ。それは生き物の食物連鎖の基盤となり、多くの魚介類を育てる豊かな海をつくり出す。

雄武漁業協同組合は、このオホーツク海沿岸にある幌内、元稲府もといねっぷ、雄武、沢木の四つの漁港をかかえる。サケやマスなどの回遊魚に加え、毛ガニ、ウニ、タコなど、いろいろな魚種が水揚げされる。また、7月中旬から1カ月の間は、沿岸で良質な昆布が採れる。

しかし、長い間海の仕事に携わってきた漁師たちは、近年、海の様子が変わってきたと口をそろえる。海水温が上がり、今まで取れていたサケや毛ガニが取れなくなり、ブリが姿を現すようになった。また、台風が通り強風が吹いて海が荒れた後、以前はいろいろな種類の魚が網にかかっていたが、それもなくなったという。目に見えて海の環境が変わったことを実感している。

海の畑で「4輪採」

雄武漁協の組合員は108人、毛ガニの「籠(かご)漁」、サケの「定置網漁」「4輪採」によるホタテの「ホタテ桁曳網漁けたひきあみりょう」が、漁業の3本柱だ。なかでも一番力を入れているのがホタテの「4輪採」。オホーツク海域で、以前より行われていたホタテの漁獲方法だ。

4輪採では、オホーツク海沿岸の34キロメートルにわたる海域を、約3,000から3,500ヘクタールの四つの区域に分けてホタテを育てる。水深は、約35メートルから55メートル。一つの区域に3.5センチから4センチに育った1歳の稚貝を放流し、3年後に、大きさが3倍ほどに育った4歳のホタテを漁獲する。すべてを漁獲し終えたら、再びその区域に稚貝を放流する。それぞれの区画で1年ずつ時期をずらしてこの作業を行う。

雄武漁協が4輪採を本格的に始めたのは1973年。現在は地元で稚貝を育て、2億9千万粒を放流する。2018年の雄武漁協のホタテの水揚げ量は、同漁協の鮮魚水揚げ量の80%を占め、取扱額はほぼ半分に達する。

4輪採を始めてから40年以上が過ぎるが、決して順調だったわけではない。初期の頃は、放流のために船で運ぶときに、下の方になった稚貝が窒息状態になり死んだり生育が悪くなったりしたこともある。クレーター状の海底は、鉄製のツメがついた漁具で耕した。それでもくぼみが残り、貝を採るための漁具を工夫した。順調に漁獲を伸ばしたが、幾度もの自然災害によるダメージは避けられない。
2004年1月、大型低気圧が根室沖の南東海上に居座ったことがある。爆弾低気圧となり、オホーツク海沿岸の北見市では最大瞬間風速32.8メートルを記録する。猛烈な暴風雪は、沖合のホタテ漁場に大きな被害をもたらし、雄武漁協のその年のホタテ漁獲高は、計画数量の半分にも満たなかった。このため漁場を見直し、高波による影響が少なくなる沖合に移動させた。

それでも自然災害による被害はなくならない。雄武漁協の専務理事、安田将治さんが振り返る。「14年にも、暮れに根室付近を通過した低気圧が爆弾低気圧に発達し、大きな時化しけとなりました。4輪採の四つの区域の貝がほとんど死んでしまい、その後3年間は漁獲量が少なく、今年やっと回復してきたのですよ」

 
雄武漁業協同組合の専務理事、安田将治さん。「これからは、4輪採のホタテを中心に、育てる漁業をすすめていきます」

ホタテに賭ける

ホタテ桁曳網漁船「和光丸」の船長、工藤勝さん。「ホタテ漁は、安定した暮らしにつながります」

18歳の頃から父親の船に乗り、ホタテ漁をする工藤勝さんは、43歳になった今では14トンの和光丸の船長だ。ホタテ桁曳網漁船10隻を率いる船団長も務める。回遊魚を中心とした漁業を行っていた雄武漁協の中で、工藤さんの父親は、乱獲や環境の変化により、魚の水揚げの減少が予測される将来を見据えてホタテ漁に切り替えた。その予測は現実のものとなっている。

「海水の変化によって取れる魚種や量がどんどん変わっていくのが心配です。でも、ホタテは台風や大きな時化による被害さえなければ生産は安定します」と工藤さん。「漁業は力仕事で汚れるし、命がけの仕事です。人手不足が不安要素ですが、働いた分、収入もあります。自分たちが頑張って結果を出して、これから漁業に就く人たちが安心して暮らせるようにしていきたい」と抱負を語る。
回遊魚や毛ガニの安定的な漁獲が見こせなくなった現在、雄武漁協は、前浜での採苗から収穫までを計画的にすすめ、安定した漁獲が見通せるホタテの生産を伸ばしていく方針だ。

専務の安田さんは、「サケのふ化事業にも取り組んでいますが、サケが遠くのロシアまで移動するので不確定要素が多くあります。前浜で、野菜を栽培するのと同じようにホタテを育てることが、安定した暮らしにつながるでしょう」。さらにナマコ、ウニ、昆布など、自前の浜で海産物を作る職人を、地道に育てていきたいと考える。

自慢のサケ

9月中旬、幌内川をさかのぼるマス。9月後半になるとサケがのぼってくる
雄武鮭定置部会長であり、鮭定置網漁船「第十八協和丸」の代表でもある、長谷川一夫さん。「雄武のサケは、生も一塩も山漬けも、どれもおいしいですよ」
サケの水揚げが減ったとはいえ、雄武漁協にとっては、サケ定置網漁は取扱高の3本柱のひとつだ。

雄武町の北部を流れ、オホーツク海に注ぐ幌内川の河口から1キロメートルぐらい上流に、「北海道さけ・ます増殖事業協会」が管理する、サケとマスのふ化・放流場がある。

そこでは、9月後半から10月にかけて幌内川を遡上(そじょう)し魚道をたどってきたサケから採卵し、ふ化させる。ふ化した稚魚は、翌年の4月から5月にかけて放流され、3年から5年の間、海を回遊し成長して川へ戻って来る。放流する稚魚の量は20年以上変わらないが、戻るサケの数が以前より少なくなった。

サケの稚魚は7月から9月ぐらいの間、一度北オホーツク海に集まり、それから北太平洋へ向かうと言われている。雄武鮭定置部会の部会長を務める長谷川一夫さんは、鮭定置網漁船「第十八協和丸」の代表でもあり、父親の代からサケ漁を続ける。「戻るサケが少ない原因は、その海域の水温が生育に合わなかったり、えさが足りないためではないかと思います」と言う。
今年から、自分たちでその原因を探ろうとしている。オホーツク海沿岸で、稚魚を放流する場所や時期を変えて、その後どのようにサケが戻って来るかを確かめようという試みだ。「結果が出るのは4年後です。それでも自分たちでできることは調べていくつもりです」

第十八協和丸には漁師が8人と季節で雇用する若者5人が乗る。これから後継者をどう育てていこうかと悩みもあるが、「漁師は自分の浜で取れたものが一番うまいと思っていますよ。自分も雄武で取れるサケが一番おいしいと思っています」と胸を張る。

雄武漁協は直営の加工場を持ち、漁獲された魚介類が新鮮なうちに下処理され、冷蔵・冷凍保管される。「新巻鮭あらまきざけ」やサケの山漬け、イクラなどの加工品も作られる。直営であるため、漁師は漁獲高に応じて安定した収入を得られる。

北の海では流氷が接岸する年明けまで、豊かな海のめぐみの漁が続く。

オホーツク海に注ぐ幌内川の上流。サケやマスが遡上(そじょう)する

撮影/田嶋雅已   文/本紙・伊澤小枝子

植樹と浜のおかあさん

雄武漁協女性部の現部長、三河由美子さん(右)と前部長の谷平桂子さん(左)。植樹も浜のおかあさん料理講習会も、楽しみながら行っている

「雄武産の魚の料理はシンプルなものが一番ですよ。刺し身やすり身の汁物などは、原料が新鮮だからこそおいしく食べられます」と言う雄武漁協女性部部長の三河由美子さん。家では、ホタテのフライや、野菜がたっぷり入ったサケのチャンチャン焼きが人気だ。

女性部は2010年より、雄武自慢の魚介類とレシピを持って消費地へ出向き、「浜のおかあさん料理講習会」を開いている。各地で開かれる雄武漁協の交流会に参加し、組合員との交流を深めてきた。

11年には、生活クラブ神奈川で、30人ほどの組合員を前に、サケの三平汁、かにご飯、ホタテのオーロラソースあえなどを紹介した。女性部前部長の谷平桂子さんは、「雄武のことを組合員の人たちに知ってもらえるし、魚や料理について直接話すことができてうれしいです」と話す。

三河さんは、寒い季節の11月に入ると「飯寿司いずし」を作る。冷凍しておいたサケを薄く切り大きなたるに並べ、炊いたご飯にこうじと塩を混ぜたものと、千切りにしたダイコン、ニンジン、ショウガなどの野菜を、段々にして積み上げていく。重しをして漬け込み、最後にひっくり返して水を切る。おいしく食べられるのは、漬け始めて40日後ぐらいから。マイナス10度にもなる日が続く北国ならではの冬の保存食だ。「手がかかりますが、伝えていきたい雄武の食です」と三河さん。

雄武漁協では1996年より、女性部が中心となって、オホーツク海に流れ込む幌内川周辺に植樹を続けている。67年に発足した、当時の婦人部の30周年を記念して始めた「お魚を増やす植樹運動」だ。

漁協が買い上げた休耕地などに、毎年1000本ずつ植樹をしてきた。「北海道漁協婦人部ですすめていた植樹活動が雄武の植樹につながりました」と、女性部事務局の梶浦麻弓さん。「森は海の恋人」の著者である宮城県のカキ養殖家、畠山重篤さんが、川の源、森林の環境を整えることが海を豊かにすると主張し、漁師らによる植林活動が全国的にひろまっていったころだったと言う。

植樹には、2010年より生活クラブも参加している。雄武漁協設立50周年の13年には幌内川の河口から1キロのところにあるサケ・マスふ化放流場のそばで、漁協や町の人たちと一緒に白樺など二千本を植えた。「山の中で足場も悪い場所での作業は大変」と三河さんは言うが、これまで場所を探しながら植樹した広さは、合わせて約7ヘクタールにもなる。

海につながる環境を守り、雄武の食を伝えていきたいという浜のおかあさんたちが、とても頼もしい。

今年植えたミズナラを手に、雄武漁協流通加工部次長の谷山哲也さん。「環境を守っていきたいという自分たちの思いを次の世代に伝えるためにも植樹を続けます」
 
撮影/田嶋雅已    文/本紙・伊澤小枝子

『生活と自治』2019年11月号「新連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。

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