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[本の花束2019年10月] どれほど文学に救われ、背を押されて前に一歩を踏みだしえてきたことか 清水眞砂子さん

『ゲド戦記』をはじめとする数々の児童文学の翻訳や研究に長年携わってこられた清水眞砂子さん。子どもと本のこと、社会や戦争のことなど、様々なエッセンスが詰まった著書『あいまいさを引きうけて』について、お話を伺いました。
清水眞砂子さん(写真・尾崎三朗)
タイトルの「あいまいさを引きうけて」という言葉にはっとさせられます。

「Exactness is a fake」。これは、対談させていただいた思想家の鶴見俊輔さんが、アメリカ留学時代に哲学者のA.N.ホワイトヘッドの最終講義で聞いた言葉だそうです。 「きちっとして間違いがないなんて偽物だ」とでもいいましょうか。この言葉にはっとして、ずっと考えてきました。今の社会では皆、正しい答えに早く行き着くことばかりが求められていて、あいまいであること、わからないままでいることがまるでダメなことのように言われてしまう。それが私たちをとても生きにくくさせている気がします。

清水さんご自身は、本や文学とどんな出会い方をされたのでしょうか?

子どもの頃から本に書いてある言葉を真に受けて、そのまま信じるようなところがあったかも。お皿の数が足りなくて祝いの席に自分だけ招かれなかった『ねむりひめ』の魔女の呪い、あの恨みに納得……未だにお客さまに最初からばらばらのお皿を出してしまうのは、あのお話の影響かも(笑)。それから、小学6年の頃に読んだ『レ・ミゼラブル』。銀の燭台を盗んだジャン・バルジャンが許されるか否かは、読んでいる子どもの私にも生きるか死ぬかの問題でした。あの時、ジャン・バルジャンが救われなかったら、私は人間と人間が作る社会への信頼を根本から壊され、それきりになったかもしれません。どれほど文学に救われ、背を押されて前に一歩を踏みだしえてきたことか。
 
本の中の「平和を生きのびる」という言葉も印象的でした。

ああ、あの時のことは35年が経った今も鮮やかに憶えています。短大にいた時のある日の夕方、研究室にやってきたゼミの学生たち4人と話していたら、彼女たちが「戦争を体験した人がうらやましい」と言い出したのです。「どうして?」と聞くと、戦争を体験した人たちは戦争を語るとき、いきいきとして見える。自分たちにはそういうものが何もないのだと。ショックでした。平和を生きのびる――当然のことながら、健康な精神をもって――ということは、実はとても難しいことなのかもしれません。私はこの時、学生たちの言葉によってようやく目を覚まされました。今や私たちはイベントのないくらしは退屈とばかりに〝物消費”とあわせて、イベントに、〝事消費”に走り回っています。実はイベントの最たるものは戦争かもしれないのに。

何でもない日々の生活を生きていく強さやしなやかさ……。「ゲド戦記」のテナーはまさにそういう女性でしたね。

「ゲド戦記」の第4巻を翻訳する時、実生活に基づいたル・グウィンの成熟したフェミニズムを損なわないようにすることに苦労しました。皿洗いをしない息子に「ゲドだってしてくれるのよ」と訳しかけて、はっと気づく。自分の無意識から出たひと言が作者の思想をぶち壊してしまう怖さをいつも感じていました。娘のテルーの場合も、初めて他人のお古ではない、自分のために作られたドレスを身につけた時、その言葉はどう変わるか、考えざるを得ませんでした。変わるはずですもの、人の言葉は。

なぜその言葉が違うのか、なぜ言葉が変わったのか。この本は多くの問いを呼びさまし、私たちの思索の種になりそうです。

でも一方で間違いがあっても仕方ない。その時はきっと誰かが直してくれる、とも思っていました。これはいつもです。否定されることって大事。いつまでも否定されないとしたら、それはこわばりであり、「死」じゃないの?って思うんですよ。

答えを間違う自由やあいまいさを引きうけることは、生きているからこそなのですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

インタビュー:岩崎眞美子
著者撮影:尾崎三朗
取材:2019年6月


●しみずまさこ/1941年、朝鮮北部に生まれる。児童文学者・翻訳家。2010年3月まで青山学院女子短期大学専任教員。主な著書に、自伝『青春の終わった日』(洋泉社)、翻訳書に「ゲド戦記」全6巻(日本翻訳文化賞受賞)、『夜が明けるまで』(以上、岩波書店)など多数。最新刊は『子どもの本のもつ力』(大月書店)。
『あいまいさを引きうけて 日常を散策するⅢ』

清水眞砂子 著 かもがわ出版 2018年5月
19.5㎝×13.5㎝ 285頁
書籍撮影:花村英博
図書の共同購入カタログ『本の花束』2019年10月2回号の記事を転載しました。

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