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何もない島の豊かさ ツバキの島の伝統と文化 東京島しょ農業協同組合利島店【椿油、利島ヘア&スキンケア椿オイル】


野焼きの煙が木漏れ日を浮き立たせる
東京都心から南へ140キロ。伊豆諸島の北部に位置する東京都利島としま村。周囲約8キロ、面積約4平方キロの小さな島全体を、20万本もの常緑のヤブツバキが覆う。生活クラブ連合会が共同購入する「島椿」は、島で育ったツバキの種子を島で搾った純粋椿油だ。

●厳しい自然と先人の知恵

利島としまには信号がない。バスやタクシーは走っておらず、コンビニもスーパーもない。島の周囲を切り立つ崖が縁取り、砂浜がない。北側に桟橋と小さな集落があるほかは、島の面積の約8割がヤブツバキの人工林だ。
潮の流れが速く、川も平地もない利島では、古くからツバキが栽培され、江戸時代にはコメの代わりに椿油を年貢として納めた歴史がある。円錐えんすい状の小島に作られた段々畑は、ツバキの種子が風雨で流れ落ちないための工夫だ。道路も重機もなかった時代の先人の知恵と労力に圧倒される。

現在も40軒の生産農家がある。1月から3月にかけて最も多く花が咲き、熟した実は9月頃から随時落ちる。農家は地面を這うようにして、小さな種子を一つ一つ手で拾う。拾いやすいように下草を刈り、落ち葉をかき寄せては野焼きする。なんとも根気の要る作業だ。
「ここは前にも拾った所だから、もう大して落ちていないのよ」。そう言いながらも、「実拾みひろい」の手を休めない藤井晴美さん。結婚を機に利島で暮らし、種子を拾い始めて40年以上になるという。実拾いの担い手は60代、70代の女性が中心だ。

一段上の畑では息子の昭雄さんが下草刈りをしている。2年前に晴美さんが足を怪我けがしてから、よく手伝うようになった。島内には高校がなく、島の子どもたちは中学卒業と同時に親元を離れる。昭雄さんは高校卒業後、美容師の資格を取り都心で働いていたが、結婚して子どもができてから島に戻り、4年前には民宿を始めた。イセエビやサザエの漁にも出る。

「ここでは、一つの商売で食べていくのは難しい。昭雄はちゃんと計画していた」と晴美さんは言い、「中学の卒業文集に書いたことがその通りになっただけ」と昭雄さんは笑う。昭雄さんのように「Uターン」する島民は少ない。

ツバキの段々畑

藤井晴美さん。落ち葉をかき寄せては種子を拾う。動作に無駄がない

ヤブツバキの花

●トレースできる椿油

各農家は、ツバキの種子を300キロ単位にまとめては島の製油センターに運び込む。センター内を案内してくれたのは東京島しょ農協利島店の加藤大樹さん。5年前に同農協の求人に応募し、家族と共に都心から転居した。利島の基幹産業である椿油の販売事業を担当する。

計量、乾燥、唐箕とうみ(風圧で小枝や落ち葉を吹き飛ばす)、石抜き(小石を取り除く)の工程を経て、再度計量した種子を、どの農家のものかわかるよう目印のついた袋に入れる。こうした前処理施設がある椿油の製油センターは全国でも利島だけだ。

種子は粉砕せず、最も搾油率の上がる50~60度に温めてから圧搾し、油と油粕に分ける。さらに分離タンクで不純物を沈殿させ、沈殿物は遠心分離機にかけて精製する。種子ではなく油にしてから買い取るのも利島特有。搾油量は農家ごとに台帳を作り管理する。「農家も搾油率を気にかけ、ひそかに競い合っているようです」と加藤さんは言う。

農家ごとに分けて搾油する利点はほかにもある。搾った油は最終的には混ぜるものの、途中段階で不具合が起こった場合、どこに問題があったか、たどって対処することができるからだ。農家が生産から加工まで責任を持ち、追跡可能な椿油となっている。

農家ごとに前処理を済ませた種子

根っこが丈夫な台木に、実がよくつく穂木を楔(くさび)にして合体させる。台木は1センチ以上の太さが必要。それまでに5年かかる

搾ったばかりの椿油

利島村の製油センターで働く職員もIターンした島民。不純物を沈殿させるタンクは溶接技術を持つ二人の手作り

●担い手はIターン

東京島しょ農協利島店にて。左から柴田敦史さん、成子修平さん、早見和沙さん、河俣司さん、加藤大樹さん
島の人口は約300人。数十年前から大きな変動がない。島に戻る若者は少ないが、加藤さんのような「Iターン」の島民が増えている。利島の自然や暮らしにかれ首都圏から移住した若者が、村役場や漁協、農協で働いており、人口に占める割合は20代から40代前半までが最も多い。
「50歳前後が非常に手薄で高齢者は多い。今こそ、先を見据えた対策が必要」と話すのは、農協理事で利島店長の柴田敦史あつしさん。自身もIターンの島民だ。担い手がいなくなった畑を借りて別の担い手を入れるなど、すでに農協は山の管理を始めているが、「農家の経営が成り立つよう、次の構想を持つことが農協の役割」と語る。

椿油は6割が油粕。それを堆肥にして利島の土に返す。サイクルさえつくれば循環型農業のモデルになれると柴田さんは構想する。4年後には工場を建て替える計画があり、堆肥場も作れないかと目論もくろんでいる。ツバキ栽培の新たな担い手には、農協で仕事をつくり、組み合わせながら、自立に向かってもらおうという考えだ。

島の中心付近には貯水池がある。島民の飲料水の供給源なので、農薬散布には厳しい基準を設けている。「チャドクガの発生程度なら、なんとか農薬を使わずにやっつけます」と柴田さん。どうしても必要な場合は、農業委員、農協、生産農家で話し合い、みんなが合意したものを選んで使う。「よそはまねできないでしょうね。効率的とは言えないから」という言葉の裏に、島全体でツバキを育ててきた自負がにじむ。

藤井昭雄さん。自宅敷地内の小さな美容室。島ではここだけ

父親が体調を崩し、Uターンした山口正恵さん(左)。少数派の若い農家。「ヘリポートでも働いています。実拾いは自分のペースでできるから好き」

●ツバキにみならって


集落の家並みを囲む「玉垣」。荒波にもまれて丸みを帯びた玉石を、かつては島民総出で磯から運び積み上げた

<髪と肌につやと潤い、椿油のオレイン酸パワー>


「地方が元気になるには第1次産業の盛り上がりが必須」と語る加藤大樹さん
水分を除くと、脳の65%は脂質(脂肪酸)でできているという。肥満を気にして敬遠されがちな油だが、油が人の脳をつくると聞けば、良質な油を積極的に取りたくなる。

バターなど常温で固まる油は「飽和脂肪酸」、常温で液体の油は「不飽和脂肪酸」と呼ばれる。この不飽和脂肪酸は体内でつくることができない「多価不飽和脂肪酸(オメガ3、オメガ6)」と、体内でつくることができる「一価脂肪酸(オメガ9)」に分かれる。オメガ9の代表格がオレイン酸。オリーブオイルやナタネ油の主成分だ。

「オリーブオイルのオレイン酸含油率は70%。一般にカメリアと呼ばれるツバキは80%ですが、ヤブツバキは85%の含有率とトップクラスです」と東京島しょ農協の加藤大樹さんは説明する。食品として摂取すれば、動脈硬化や悪玉コレステロールを抑える働きが期待でき、化粧品として使えば、髪や肌につやと潤いを与える。体内でつくることができるオレイン酸だからこそ、人体へのなじみがよい。

実家が美容院だったという加藤さんも、20代後半まで都心で美容師をしていた。「お風呂あがりには肘や膝などカサカサしやすいところに塗るのがおすすめです。血行を良くし、肌を軟化させる機能があります」。加藤さんの言葉には説得力がある。利島の椿油の95%は化粧品原料となる。

オレイン酸は不飽和脂肪酸の中で最も酸化しにくい油だが、近年は製油センターの脱酸処理技術が向上し、油脂の劣化具合を示す「酸価値」はさらに低く抑えられるようになった。実際に3年前に搾った油を調査してみたところ、搾りたてのものと比べ大きな劣化がないことがわかった。
 
さらに最近、脱酸処理した椿油を、脱色・脱臭する設備も製油センターに増設、酸価値を限りなく「0」に近づけることが可能になった。無色透明、無臭のピュアオイルは肌触りがさらっと軽く、使いやすいと若い世代に評判だ。「朝、洗顔後に塗り、10分ほどすると肌につやが出てきます。化粧のりが良くなりますよ」(加藤さん)

純粋椿油は加熱調理にも使うことができる。ツバキの畑のあちこちに生えるアシタバ(明日葉)を摘んで天ぷらにすれば、サクサクとした食感が絶品だという。ただし、椿油単独で使うのは贅沢ぜいたくだし、おなかにたまって重たい。他の油に適量混ぜて使うのが良いようだ。

利島には約6000年前から人が住んでいたといわれ、縄文時代から古墳時代までの遺跡がある。複数存在する神社からは銅鏡や古文書が発見されている。伝統と自然を守ってきた島には、暮らしに必要なもの以外、余計なものが見当たらない。循環型のサイクルをつくる環境は整っている。

酷暑の夏、寒風吹きすさぶ冬、生産農家は年間を通して作業する。「先人が腹をくくってやってきたことを、僕たちが絶えさせるわけにはいかない」。次世代の生産者たちが、さらに次の世代を生み出そうとしている。

東京都の助成を受けて新設した脱色、脱臭設備

片手で使え、衛生的なスポイトタイプの小瓶入り「利島ヘア&スキンケア椿オイル」(左)、純粋椿油「島椿」(右)
撮影/高木あつ子   文/本紙・元木知子

『生活と自治』2019年3月号の記事を転載しました。

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