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民衆交易により3倍の値がついた!
「夫となる人を知らされた時、10歳も上なのかと思ったわ」
フィリピンのネグロス島でバランゴンバナナを栽培するアルベニア・トレンティノさんは、1989年に親の薦めで結婚した。

アルベニア・トレンティノさん
■提携先 ㈱オルター・トレード・ジャパン
■提携品目 バランゴンバナナなど
島内では当時、政府と反政府ゲリラ(新人民軍)の争いが激化。アルベニアさんは利発だったのでゲリラに見込まれ、通信員として入れられそうになる。それを嫌った両親は断る理由をつくるために結婚を急いだ。
弱冠19歳だったアルベニアさんの目には夫となるノノックさんは、“年寄り″に映ったと言う。
「でもそう思ったのは最初だけ」と微笑み、こう続けた。
「今はとても信頼しています。3人の男の子に恵まれ、とても幸せに暮らしています」
そんなアルベニアさんがバランゴンバナナをオルター・トレード社に出荷するようになったのは結婚から1年たち、長男が生まれたばかりの頃。もともと家の裏庭で栽培し、地元市場に出荷していたものだった。
「市場まで運ばなければならなかったのが集荷に来るし、3倍の値で買い取ってくれる。単にバナナの取引だけではなく、人間と人間の関係を感じました」
ネグロス島はサトウキビ畑が広がり、「砂糖の島」の異名を持つ。しかし、80年代に砂糖の国際価格が暴落。深刻な飢饉に見舞われた。日本からも緊急支援が行われたが、農民が自立するためには継続的な支援が重要と、バナナなどの 「民衆交易」が始まることになる。民衆交易とは、フィリピンの農民は相場に左右されない公正な価格で売ることができ、日本の消費者は無農薬のバナナを手にすることができる取引だ。
アルペニアさんはこう語る。
「バナナによって安定した収入が得られ、教育費の積み立てを始めることができました。私の夢は勉強することでしたが、島内の紛争や結婚でかなわなかった。だから、息子たちは大学まで行って、私の夢をかなえてほしい」
バナナをオルター・トレード社に売れるようになったことで、「今日はご飯を食べられるか」と、心配しなくても済むようになった砂糖生産者は多い。また、自分が経験した貧しさを子どもに経験させたくないため、アルベニアさんのようにフィリピンの農民は教育熱心な人が多いという。
地域担当の仕事は夫の理解あればこそ

バナナを担ぎ急傾斜地を登る。
谷戸のため風が吹かず、汗が止まらない。
民衆交易の原則は、現地の人の食料を奪わないこと。その点、バランゴンバナナは日本人にとって好みの味だが、フィリピンの人はあまり食べず、山間部などに自生していたものだった。それゆえ当然無農薬なのだが、収穫量が不安定で、傷が多いなど品質にばらつきがあった。
そこでオルター・トレード社は、収穫量の把握と品質を向上させるため、生産者のリーダーとなる地域担当を各地に配置することを決定。アルベニアさんはその任務に抜てきされた。
「私の地区には38人の生産者がいて、5000本のバナナがあります。それを毎週見て回り、出荷できる本数を確認しています」
バナナは小さな実ができてから10週前後で収穫できる。標高や日照の違いで成長は多少異なるが、適期を逸しないようタグを付けて管理する。また、房には袋をかけて傷が付かないよう工夫する。山あいの地区で、すべてのバナナをチェックするのは大変なこと。家に帰ってからも見てきた詳細を記録し、報告しなければならない。アルベニアさんは朝から晩まで毎日、バナナに掛かりっきりになっている。
「夫が洗濯したり、子どもの面倒をよく見てくれます。記録付けは長男が手伝ってくれることもあります」
フィリピンの男性は一般的に家事や料理をするといわれるが、ノノックさんは人一倍やさしく、物静かに妻を支えている。
“作る人と食べる人”の関係を越えて
ネグロス島の各産地では生産者が協力して技術の向上や、バナナを含めた農産物作りを進めるため、「生産者協会」を設立する準備が始まっている。
アルベニアさんも地域担当の仕事とともに、協会の設立準備や地域計画作りに追われている。
「バランゴンバナナは安定した収入をもたらしました。でも、台風で根こそぎ倒れてしまう危険性があります。だから野菜なども栽培することで、自立できる仕組みを地域につくりたいのです」
生産者はお互いに自分の夢や、地域に必要なものなどの意見を出し合い、暮らしを確かなものにするための検討を進めている。そして、オルター・トレード社もバナナの取引だけでなく、野菜の育て方や有機肥料のやり方の研修を各産地で実施している。
バランゴンバナナの民衆交易が始まってから18年。当初は50tで始まった出荷量がいまや2000tを超え、産地もフィリピン各地に広がった。
ネグロス島でも飢餓は昔のこととなり、エアコンの利いた自動車が行き交うようになった。軍事作戦もなくなり、経済も発展したかに見える。しかしそれは、海外で出稼ぎする人からの仕送りによるところが大きいという。経済のグローバリゼーションは労働だけではない。「砂糖の島」のネグロスに、タイからより安価な砂糖が輸入され、ベトナムからコメが入ってくる。農村には仕事がほとんどなく、子どもは大きくなると都会や海外に出て行かざるを得ない。
アルペニアさんは子どもの将来についてこう語る。
「一番上の子は地域の警察官、二番目は子どもの夢でもある船乗りに。三番目はやんちゃだけど、神父がいいかしら。いずれにせよ、地域や国内で役に立つ人になってほしい」
このような問題はフィリピン特有のことではない。同じような問題を日本の地方も抱えている。
アルペニアさんは昨年来日した時、地域に必要な仕事を自らの手でつくる「ワーカーズ・コレクティブ」の活動を知り、今の地域担当の仕事に通じるものがあり、共感したという。
バランゴンバナナは安定した収入をネグロス島などの農村にもたらし、暮らしの基礎を支えるようになった。そして、フィリピンと日本の間で“作る人と食べる人”の関係を越えて、ともに暮らしやすい地域作りを考えるつながりへと発展しようとしている。
- ●バランゴンバナナが届くまで
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山に自然に生えているバランゴンバナナを出荷することから始まった民衆交易。
オルター・トレード社は、「いくら民衆交易といっても、モノがよくなければ日本の消費者の支持を得られない」と、品質管理に力を入れている。
1本のサイズを長さ15cm、太さ27mm以上とし、傷についても集荷時やパッキングセンターで検品。多い時には2割近いバナナが基準に合わず、輸出品から外される。
バナナの出荷は時間との闘いでもある。日本では、植物防疫法で、黄色く熟したバナナの輸入を禁止している。そのため緑色の段階で収穫、輸送をしなければならない。ところが、バナナは刈り取った時点から熟しはじめるので、36時間以内に輸出用の冷蔵コンテナに納めるように作業を組み立てる。
ネグロス島のパッキングセンターでは、夜を徹して箱詰めが行われる。虫が付いていると日本での植物検疫で「くん蒸」処理されるので、シャワーやブラシ、スポンジを使って徹底的に洗う。バナナの場合、可食部に触れることはないが、髪の毛が落ちないようにするため、作業員はヘアキャップをかぶることが義務付けられている。
一年中暖かいとはいえ、水を触り続ける仕事は存外にきつい。それも立ち通し、夜通しで、作業は二日間に渡る。入荷が遅れれば自宅に帰らず、パッキングセンターで仮眠して翌日の仕事に備える人もいる。それでも、「仕事があるほうがうれしい。家事や子育てなど、家族も協力してくれる」と話す。
かくして冷蔵コンテナに納められたバナナはマニラに送られ、4日間から5日間かけて日本に届く。そして通関後、「ムロ」と呼ばれる追塾加工所で熟されて黄色くなり、生活クラブに出荷される。

爪で傷つけないようゴム手袋を必ずはめる



